スマホの威力

 いかにもITに弱いおっさんがつけそうなタイトルで恐縮ですが、一席ぶちましょう。

 便利な機械(デバイス)というものは、ほんらい人間に備わっている五感、すなわち眼、耳、鼻、舌、身のバランスを欠損せしめ、退化させるものなんじゃないでしょうか。人工的、仮想的なものに対応する感覚だけをいびつに発達させるとか。

 原始時代、ヒトはつねに危険ととなり合わせでありました。社会保障なし。保険なし。カネはあったかもしれませんが「みたこともない」人のほうが多かった。身を守るには身心を鍛え、家族や部族の結束をかたくすることだと、みな思ってました。

 まわりにはいろんな外敵がいました。野生の肉食獣もいれば、となりの部族が攻めて来るかもしれない。一瞬の判断ミスで、生命を落とすことさえあったわけです。

 やむを得ず夜道を歩くときは、星を読んで方角を知りました。風を聞いて「ひと雨来るぞ」と予知できた人もいます。むかしの人は全身をセンサーにして、そして第六感をも総動員して状況を察知し、対処していたのです。現代には、五感を超えた第六感を頭から否定するような人がいますが、ずいぶんと鈍くなったもんですなあと言わざるを得ません。便利で快適な現代文明にどっぷりとつかり、ほんらいもっていたはずの能力の多くを眠らせているのだから、無理もありませんが。

 おしなべて古人は、現代人を凌駕する感覚をもっていました。彼らなら、「第六感」という言葉がさし示すものを、稲妻のように理解したでしょう。

 原始人をエライと思う私などは、長らくスマートフォンなどいらないと思ってました。緑色の公衆電話がどこにでもあるんだから、それ以上のものはいらなかったわけです。便利さは人を怠惰にし、鈍感にするんではないか。ほんらい人間にそなわっている「よきもの」を衰退させてしまうんではないか。そればかりではなく悪魔的なもろもろを連れて来るんではないか。私は長らくスマートフォンに対して、懐疑的であったわけです。

 しかし生きる時代はえらべません。公衆電話のなくなったいまの時代で仕事の契約をしようとするときなど、スマートフォンを「持ってません」などと言おうものなら、人事担当の驚愕の表情に直面せねばならず、結果、門前ばらいというおまけがもれなくついて来ます。時代の流れとはいえ、Google、AppleなどのIT巨人と、それに追随する国内大手キャリアの戦略、それにまんまとはまってしまう自分。「しようがねえ、つき合ってやるぜ」などと悪態をつきながら、auショップへ行ったわけです。

 ところで私は、生きているあいだはものを考え、動きつづけよう、書きつづけようなどと思っております。

 よい思いつき、考え、章句は、ひらめいたら「その場で」「すぐに」書き留めておかなければいけない。でないと忘れてしまうからです。あとで記録しておこうと考えて、かならず思い出せるなんて自信は、とうの昔に灰燼と化しています。これから記憶力はますます衰え、忘却の徒(恍惚の人にはなりたくない!)となってゆくんではないかとの懸念もあります。

 カメラマンがつねにカメラを持ち歩くように、私はペンとノートをいつも持ち歩いています。パソコンもほぼカバンの中に入ってます。電車に乗ってパソコンを広げられるようなら、迷わずそうしたい。

 しかし雨の日の車内などそういうわけには行きません。運よく座席にありつけたとしても、傘を手で支え、同時に膝に乗せたカバンの上でキーボードを叩くなんて芸当は不可能に近いんではないでしょうか。手があと2本くらいあればよいのに(ヒトはサルからではなく、昆虫から進化すべきであった!)…。

 本を読むか、昼寝して睡眠時間をおぎなうくらいが関の山か…とあきらめていたところへ、あるときスマートフォンにノートアプリを入れてみたわけです。

 世界は一変しました。

 いつでも、どこでもメモできる。電車を待つホームでも、電車内でも、立ったまま書ける。
 そして今どきスマホをいじっている人などめずらしくもなんともないから、怪しまれることもない。
 声が出せる状況なら、音声で入力することも可能とは、罪悪感さえ感じる便利さ。
 童門冬二氏は口述で原稿を書いていたらしいですが、これならおれにもできるかもしれないぞ、などとうれしくなってしまうのでありました。

 人は変化に対応しなければ生きてゆけません。進化論をかじった人でなくとも、現代を生きている方ならうなずいて下さるでしょう。「流行には遅れてしたがえ」とは、山本夏彦翁の名言です。

 数年に一度はとりかえねばならんようで、機械式カメラや万年筆などの一生モノとくらべれば、可愛げのない道具であることに変わりはないんですが…。

 人生であと何台のスマートフォンを迎えるのかわかりませんが、仲良くやって行きたいものだと思っています。

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